2015年 09月 13日
洪水の爪痕・・・すさまじい現場
今日は、谷田部体育館、JA谷田部、豊里交流センターの避難所を訪ねたあと、常総市の災害地まで行ってみました。
被災者からいろいろ聞いても、土地勘もないし、理解が十分出来ないので、現場に行ってみました。現場を見て衝撃を受けました。
平塚線(R24)を西へ西へと向かうと、通行止めは解除されていて鬼怒川まで行くことが出来ました。水かさは平常に近くなっていましたが、泥水です。川の西側に住んでいる人に伺うと、西側にも水が来たけれど被害は無かったそうです。「つくば市議です」というと、「お世話になっています」とお礼を言われました。
鬼怒川の東側の道路を北へ向かってみました。泥だらけの町並みが続きます。乾いた泥が舞い上がって空気が白く濁っています。大勢の人が片付けに追われていましたが、声をかけることも出来ませんでした。
見知らぬ道をどんどん進むと、最初に越水した現場に出ました。鬼怒川から流れ込んだ水の勢いのすさまじさを物語る光景です。家の取り壊しも始まっていました。復旧工事の車両が道をふさいでいます。作業している人に「ここは、危険だから出て行ってください」と云われました。
被害の大きな地域を離れ、上蛇(じょうじゃ)に向かいました。公民館で自衛隊が給水をしていました。まだ復旧していないようです。
自衛隊員に「支援物資を届けに来た若者がいるが、避難所はどこか?」と聞かれました。その若者は竹園からきたとのこと。豊里交流センターを案内しました。「何かしなければ」という動きが出ています。
新婦人の会員にバッタリ出会いました。幸い家の中まで水は来なかったそうです。でも、知り合いが心配と・・・新婦人新聞を届けに被災地へ行くそうです。軍事費削って、防災に使うべきだよね!と、ますますがんばろうと云って別れました。
相野谷という地区が深刻と聞いていましたが、地図を持たないで行ったので、今日は一旦引き返しました。
避難所はあくまで一時的な対応です。被災者のみなさんも疲れが出てきています。更にきめ細かい支援を続けましょう。
被災者からいろいろ聞いても、土地勘もないし、理解が十分出来ないので、現場に行ってみました。現場を見て衝撃を受けました。
平塚線(R24)を西へ西へと向かうと、通行止めは解除されていて鬼怒川まで行くことが出来ました。水かさは平常に近くなっていましたが、泥水です。川の西側に住んでいる人に伺うと、西側にも水が来たけれど被害は無かったそうです。「つくば市議です」というと、「お世話になっています」とお礼を言われました。
鬼怒川の東側の道路を北へ向かってみました。泥だらけの町並みが続きます。乾いた泥が舞い上がって空気が白く濁っています。大勢の人が片付けに追われていましたが、声をかけることも出来ませんでした。
見知らぬ道をどんどん進むと、最初に越水した現場に出ました。鬼怒川から流れ込んだ水の勢いのすさまじさを物語る光景です。家の取り壊しも始まっていました。復旧工事の車両が道をふさいでいます。作業している人に「ここは、危険だから出て行ってください」と云われました。
被害の大きな地域を離れ、上蛇(じょうじゃ)に向かいました。公民館で自衛隊が給水をしていました。まだ復旧していないようです。
自衛隊員に「支援物資を届けに来た若者がいるが、避難所はどこか?」と聞かれました。その若者は竹園からきたとのこと。豊里交流センターを案内しました。「何かしなければ」という動きが出ています。
新婦人の会員にバッタリ出会いました。幸い家の中まで水は来なかったそうです。でも、知り合いが心配と・・・新婦人新聞を届けに被災地へ行くそうです。軍事費削って、防災に使うべきだよね!と、ますますがんばろうと云って別れました。
相野谷という地区が深刻と聞いていましたが、地図を持たないで行ったので、今日は一旦引き返しました。
避難所はあくまで一時的な対応です。被災者のみなさんも疲れが出てきています。更にきめ細かい支援を続けましょう。
by aoisoraitumademo
| 2015-09-13 22:16